発話履歴中の情報を仕様記述に活用する 方法として,会議の構造と仕様書の構造を 考え,会議の構造を仕様書の構造の中に反 映させるという方法を採用した.会議は発 話中心で行われることから,会議の発話履 歴に着目し,話題の時間的順序を会議の構 造ととらえた.一方,仕様書は自然言語と 図を組み合わせた,一般的な文書の形式を 想定し,文書の章構成からなる木構造を仕 様書の構造ととらえた.そして方法論の基 本方針として,「何度も時間的に隣接して 話された話題を仕様書の木構造中で近くに 書く」という方針を立てた.
まず,これらの構造および基本方針が妥 当なものであることを確認するため,実際 の3つの要求仕様作成作業の事例に対し, 2つの分析と1つの予備実験を行った.分 析は,会議中の各話題とそれらを仕様書に 記述した時に記述される事項とを対応づけ て行った.第一の分析では,時間的に隣接 する話題どうしには,該当する仕様書中の 事項の内容変更の影響を及ぼし合うという 意味的関係が存在することが分かり,会議 の構造の妥当性が確認された.第二の分析 では,実際の仕様書中ではそのような話題 に対応する事項は遠く離れた位置に記述さ れているという結果が得られ,方法論の基 本方針を適用することで,従来の仕様書と は異なる,より良い仕様書を作成できる可 能性が確認された.また,予備実験では, 従来の仕様書に対し,基本方針にしたがっ て章構成を変更したり,事項相互の関連性 がわかるように仕様書に記述を追加したり するという仕様書の改善を行った.さらに 改善された仕様書を被験者に読ませ,理解 する際に,先読み・読み返しの発生が従来 の仕様書と比べて減少するか否かという評 価実験を行い,改善の効果も確認した.
これらの結果を踏まえ,方法論として, 「1.会議の発話履歴を仕様記述者が話題 ごとに区切り,仕様書中の一文に相当する 事項を抽出する.2.隣接回数の多い話題 の組み合わせから順番に,仕様記述者が判 断を加えながら,各話題に対応する事項を 木構造中の親子関係・同レベルといった近 い位置に構造化を行う.3.組み立てられ た構造を新たに1つの話題と見なし直し, 隣接回数を再計算する.4.再度,事項の 構造化を行い,繰り返し,段階的に木構造 を組み上げていく」という方法論を作成し た.この方法論を実際の要求仕様作成会議 の事例に適用したところ,隣接回数の再計 算が3回行われ,その結果,木構造全体の うちの約7割の構造を本方法で実際に作成 することができた.また,従来の仕様書に は見られないような,仕様の理解を助ける ための章や節が作成された.これらの適用 実験結果により,本方法論の適用性を確認 した.さらに,予備実験と同様の評価実験 を行い,先読み・読み返しの発生が非常に 少ない,大変分かりやすい仕様書が作成さ れたという方法論の有効性も確認した.
次に,本方法論による仕様作成作業を支 援するツールの設計を行った.このツール では,発話の音声データを直接扱うため, 発話の文字起こし作業が基本的に不要であ ることと,隣接回数の計算や事項の検索・ 木構造の表示といった計算機で処理可能な 作業を自動化したことにより,本方法論を 効率良く適用することができる.また,会 議中に本方論の一部を行うような方法を検 討したところ,仕様の不備・欠陥等を見つ け出すことができ,より質の高い仕様を作 成できる可能性があることを確認した.
今後の展望としては,本研究の結果を踏 まえて,会議の構造・仕様書の構造のモデ ルの詳細化を行ったり,会議中に本方法論 の一部を行う方法の適用性・有効性を確認 するための実験の実施などが考えられる.